その日の麻衣は、どこかおかしかった。
夕食の時も俺と目を合わせようとはせず、
テレビを見ていても、いつものように横に座ろうとはしない。
どこか俺との間に距離を置こうとしているような態度だった。
それで、俺は動揺していた。
そんなことで動揺している自分にも動揺した。
麻衣が俺になついているってことが、どれだけ俺にとって大切なことだったのかに、いまさらながらに気付いた。
テレビはついたまま、ソファーに深く腰掛けて考えをめぐらせる。
麻衣に何があったのかは、全く見当がつかなかった。
あるいは俺に何かが合ったのかもしれない。
見当がつかないなりに、あれやこれやと取りとめもなく思いをはせる。
あのビデオが見つかったのかもしれない、
それともあの本……
あるいは誰かから俺の悪口を……。
* * *
……気付くと夜中の二時だった。
いつのまにか眠っていたらしい。
テレビも電気も消され、俺の身体には毛布がかけられていた。
考えているうちに眠ってしまったらしい。
薄暗いリビング。冷蔵庫がうなり始める。
「お兄ちゃん」
心臓が、大きく一拍を取る。
振り向くと、いつものようにピンクの寝巻きを着て、クッションを抱えた麻衣が立っていた。
麻衣は泣きそうな顔で俺を見ている。
ずっとここにいたんだろうか?
それとも今、麻衣がここに来たから俺は目を覚ましたのだろうか?
「どうした? 麻衣。眠れないのか?」
麻衣で頭をいっぱいにして寝ていたこと……は、気付かれるはずもないのだが、
とにかく動揺を隠そうと精一杯兄貴らしい言葉をかけた。
その次に麻衣が言ったその一言で、その後の俺たちは、それまでと全く違う道を歩み始めたのだ。
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